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継子投げの岬

すっかり秋めいて、風が清らかに感じられる季節となりましたね。

なかなか更新できず、申し訳ありません。

 

今日は、母親の歴史をお話ししたいと思います。

 

皆様は、継子投げの岬という場所をご存じでしょうか?

 

クジラで有名な和歌山県の太地町。

そこに、その岬はあります。

 

恩師も、私の先祖も、和歌山県の出身で、この「継子投げの岬」にまつわるお話はよく聞きます。

これは、まだまだ女性の地位も低く、子を産むだけの存在であった頃のお話です。

 

和歌山には、「子を貰うと子宝に恵まれる」そんな言い伝えが古くにあったそうです。

子を生まない女性は「産まず女(うまずめ)」と呼ばれ、離縁されることもしばしば・・・。

結婚は家や子孫の繁栄のためのものでありましたから、女性は子という存在によって家に置いてもらえ、子に恵まれることに必死でした。

それが、「生きる」ことでしたから。

ところが、子に恵まれない女性はやはりいます。

戦争等もあり、栄養面にも苦労する時代ですから当然です。

そういったお家は継子をもらいます。

そして、その子を我が子同然に愛し、育てているうちに、言い伝え通りに実子に恵まれます。

 

母としては、どちらも我が子。優劣等つける事ができません。

しかし、嫁にはそれを言う事も主張する事もできない時代でした。

 

多くのお家が、貧しいながらも家を守っていましたから、跡継ぎはとても大切でした。

ある日、舅・姑から、「継子を捨ててくるように」と言われます。

当時、命令と同じですから、逆らえば自分が出て行かなければなりません。

現代と違い、嫁に行けば実家には二度と帰れない時代。女性が仕事を貰えない時代。

それは、死を意味していました。

ほとんどの女性が、人目につかない嵐の夜を選ぶと言います。

どうか来ないで欲しいと願った嵐の日。。。

母は継子を連れて出かけます。手をつないで、嵐の中を行きつ戻りつ。。。

「この子をこの山に生かしたところで、育てる人もない。飢えて死ぬ事ほど苦しい死に方もない。

私が拒絶してこの子を守ったところで、引き裂かれ二人とも捨てられてしまう。

私も一緒に死んでしまおうか・・・しかし、もう一人の子を残して逝けない・・・。」

 

意を決して岸壁にたどり着くと、思い切って投げ落とします。

その後はどうやって家にたどり着いたのか。。。

 

その後、どんなに年月が経っても、嵐が来るたびに、雨風の音が、その子の泣き声に聞こえたそうです。

犠牲になったのは、その子だけではありません。

その母も、養子にくれた生みの母も、時代の犠牲でした。

もちろん、太地町だけのお話でもないはずです。

同じ女性として、聞くに堪えない史実で、初めて聞いたとき嗚咽がこみ上げました。

今でも、その女性達や奪われた命を思うたびに、痛いほど胸がしめつけられ、涙がこぼれます。

そういったたくさんの女性達の苦しみの上に、今日の女性の地位があることを、女性は忘れてはなりません。

 

罪悪感にさいなまれるわけでもなく、抱きしめるたびに奪った愛おしい命を思い出すわけでもなく、

「我が子を、ただ愛おしくて抱きしめること。」

そんな普通のはずことが、出来ない時代がありました。

 

私たちは今、大きな心配もなく、目の前の命を抱きしめることができます。

その幸せは、当然ではないのです。

 

様々な因縁によって、虐待を経験されたお方も、心とは裏腹に虐待をしてしまうお方もいらっしゃることでしょう。

この歴史は、どなたの遺伝子の中にも残っているはずだからです。

 

大丈夫です。もうそんな時代は来ません。

 

ですから、つらい時ほど、目の前の愛しい存在を思いっきり抱きしめてあげてください。

愛しい存在のためにも。
そして、ご自身のためにも。

 

今、女性は、他に何もいらないほどの大きな幸せをすでに得ていることを、
社会でつらいとき、子育てに疲れたとき、思い出していただけたら幸いです。

 

思い切り抱きしめることのできる幸せ。

私も、日々噛み締めようと思います^^

 

八幡宮

 

 

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心の泉

心の泉《宮司のコラム》 当宮や神社や神道などのことをはじめ、生命を育む暮らしと生き方への心のエッセイとして、神道の真髄を精神に探求し続け『神道の奥に息づく真心』をお伝えする宮司のコラムです。

信仰とは、産まれ生かされる美しき感謝の在り方。宗教や思想などの垣根を越えて八百万の神々という【万物】と共に在り続けた『神道』とはなにか。『神社』とはなにか。『祈り』とはなにか。古来から守り培われて来た愛を知ってみませんか?

「生かされ生きる」とはどういうことだろう —— それをほんの少しでも知るだけで、大きな安心や幸福感、日常の感謝につながります。—— 感謝の波は生きるこころの泉を満たします。