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【平和】は神へ祈るだけのものではなく、自分たちで成し遂げるもの。

皆様、こんにちは。

まだまだ全容を把握できない新たなウイルスの脅威に、各国で緊急事態宣言がなされたり、特例処置がなされる中、この国は何故入国管理においてもリスクマネージメントにおいても甘過ぎとも言える対処をし続けるのか?

それは、オリンピックの開催をどうしても遂行したい意図があるとしか思えません。

それ以外に、国民の安全を犠牲にする理由は見当たりません。

民間の私的な経済損失などは、少子化に悩むこの国にとって、国民の命を大量に失うことの損失と比べるまでもないこと。

しかし、オリンピックの中止または延期となりますと、公的財産の損失と、名声の損失が懸念されます。

 

 

名声はさておき、公的財産の損失となれば、確かに国民にとりましても一大事です。

しかし、公的財産がもし失われてもなるべく影響を受けない働き方を選んでいくという自由は、すべてのお方に等しくあります。

そのことが、公的支出も軽減していくことに繋がり、お互いに依存関係を解消しながら助け合うことができていきます。

政府に完璧を求めるのではなく、行政に多くを求めるのではなく、自分自身の出来る範囲で自立し、助け合っていく生き方へ移行していかなければ生き残ることも困難な時代です。

自分自身の人生、責任を持てるのはたった一人。自分自身のみです。

何かや人のせいにせず、自分で自分を幸せに導くように努めることがこれからは必要になっていきます。(※自分だけが良ければよいという意味ではありません)

働き方や危機管理も含め、自分自身や周囲の人に責任を持って、各人が最善を尽くしてまいりましょう。自分の身は自分で守り、自分の生活は自分自身で変えていくのです。

 

 

 

 

さて、感染者数というのは、厳密には感染確認者数であり、実際どれくらいの方々が感染し、また一度体内に入ったウイルスがどのような道を辿っていくのかは未知数です。

感染が「確認」されていなければ、もし亡くなっても「肺炎」などの病死扱いでカウントされません。

 

インフルエンザの核(ワクチンなど)への攻撃性や、発症後5週間は核が体内にとどまるなど、さまざまな研究はなされていますが、寒さを好むコロナウイルスが次の冬以降に体内に息を潜めたままの可能性や再燃するのか否かもまだ未知数で、わかっているのは、無症状でも発症者と同じだけの感染力を持ち、集団感染も認められるほど強く、致死率はインフルエンザの10倍以上の2〜3%ということです。

8割の感染者は感染させていないという見解も、感染者数の全容も把握できていない状況で非常に危険性を軽視なされた見解です。

 

オリンピックの中止が決まれば、日本での感染の実態が明らかになる可能性が高いですが、そうなればこの国の政府への国民の信用は取り戻すことは到底できないでしょう。

 

 

米シンクタンクの試算では、日本の感染死者数について、最善のシナリオ13万人、最悪のシナリオ57万人と発表されているほど、損得勘定の入らない見積もりでは、かなり厳しい事態に世界中が見舞われているのです。

https://www.businessinsider.jp/post-209278

(今回はこの国ではなく世界の動向を注視すれば、個人がとるべき行動を政府の発表を待たずに決めることができます。

テレビのニュースはどうしても政策が関わってきますので、テレビではなく、自ら求めて調べるように心がけてください)

 

 

そんな中での、東京オリンピック開催です。

今のままでは、入国管理の甘さも相俟って、世界中の選手をはじめとする方々を危険に曝すことになりかねません。

 

 

元来オリンピックは、神へ生きる(身体を使わせていただく)喜びを表現した祭典競技でありました。争いごとが絶えなかった時代にも、聖なる休戦としても続いてきた地球における全人類にとってとても大切な【平和の祭典】なのです。

 

平和は、人類が神へ祈るものではありません。

神々こそが子供達であるすべての人類へ平和に生きることを願い、私達人類へ祈ってくださっているのです。

人類が自分たちの意思と努力で成し遂げるものなのです。

もちろん、平和を祈るお気持ちは尊く意味のあるものですが、それを成し遂げるのは神ではなく当人である私達人類です。

 

この未知のウイルスへの感染リスクのあまりに高い状況下でのオリンピックの開催または中止・延期の決断は、

「どれだけ、全人類の安らかな日々を心から思えるのか」、それが試されている決断でもあります。

 

何を犠牲にしても守るために努力をすべきは、全人類の安全の確保なのです。

 

 

たった一人でも犠牲にできる心は、必ず大きな戦いを生みます。

なんのための組織かも忘れ、組織の損得のために他者を犠牲にすることに疑問さえ持たなくなります。

そうして戦争は繰り返されてきました。

問題なのは、その心なのです。

 

 

今一度、オリンピックを開催する本義を見つめ直していただきたいものです。

損得ではなく、慣例でもなく、ただ「生かされ生きる喜び」のための【平和の祭典】だと思い出して、他者を思いやる心を持って。

 

 

そして、万物が許す自然な機会を得て、満を持してオリンピックが開催されることを願ってやみません。

 

 

 

平和な世は、私達人類が、諦めない強い意思で努力して作るものなのですから。

 

真の平和とは何か、人類はもちろんのこと、地球や地球に存在するすべての存在へもその思いを傾けていきたいですね。

新型コロナウイルス感染症予防対策として、現在、すべての御祈祷受付を『完全依託制』のみのご対応に限定しております依託制御祈祷については《御祈祷の依託制度のご案内》をご参照ください。 感染症対策への当宮の方針は《COVID-19対策への当宮の方針》 各行事の中止等の報告は《令和二年〜三年 一般参加行事の運営状況》をご覧ください。

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心の泉

心の泉《宮司のコラム》 当宮や神社や神道などのことをはじめ、生命を育む暮らしと生き方への心のエッセイとして、神道の真髄を精神に探求し続け『神道の奥に息づく真心』をお伝えする宮司のコラムです。

信仰とは、産まれ生かされる美しき感謝の在り方。宗教や思想などの垣根を越えて八百万の神々という【万物】と共に在り続けた『神道』とはなにか。『神社』とはなにか。『祈り』とはなにか。古来から守り培われて来た愛を知ってみませんか?

「生かされ生きる」とはどういうことだろう —— それをほんの少しでも知るだけで、大きな安心や幸福感、日常の感謝につながります。—— 感謝の波は生きるこころの泉を満たします。