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再生の儀式《夏越しの大祓式》

 

昨日は、塗り降るような大雨の合間に、祭典が始まる少し前に雨は止み、祭典中は晴れ間が差し、清らかな日の光を拝みながらの大祓式となりました。

 

ご参列いただいた皆様も、大神樣方の温かい慈愛と励ましとを感じられたのではないでしょうか^^

 

つみ・けがれとは、言葉そのまま罪・穢れと解釈することもございますが、

つみは包身とも書きまして、“本来の輝き即ち魂の輝きを包み隠すもの”とも言われます。

魂の輝きを保つのは、生かされ生きる喜びです。

日常の中の上手くいかないことは試練と言い、試練の存在は、困難の中で自分らしさを見つめ、自分の本来の心(魂の意思)を悟り、どうして上手くいかないか?から、どうして上手くいかないと感じているのか?ということを突き詰めて、利己的な意識から利他的な意識へ移って行くことで魂の輝きを取り戻していくことを目的としています。

ですので、試練が来たら、真正面から受け止めてみましょう^^

“悪いこと”というのは宇宙の摂理では起こり得ません。

大抵は“都合が悪いこと”であり、なぜ、自分は都合が悪いと感じているのか?ということを見つめて突き詰めて行くと、万物の意思と自分の意思との違いが見えてきます。

そこから利己的な意思を取り除いたものが、本来の自分らしさ(魂の個性)というわけです。

魂とは、身体から切り離され、欲とは無縁の利他的な存在です。利他の対象に枠はなく、万物を指します。

その魂が、肉体を纏い、この世でしたかったこと。それが自分らしさの延長にあり、その体現こそ万物に支えられ生かされ生きる喜び=本来の輝きです。

その輝きを曇らせるものは、あらゆる欲と、そこから生まれる不平・不満・愚痴・利己的な解釈・悲しみ・怒り。

それらを“つみ”としています。

 

また、けがれは氣枯れとも書きます。

これは、身体の病や心の病によって、希望を見いだせず活力が湧いてこない状態です。

絶望の中で、一筋の光を見いだしつかみ取る力。そこに存在するのは愛と信頼です。

家族愛、友愛、恋愛。そして、自身の万物への愛と信頼。

手を差し出し合い、支え合い、助け合い。

人は一人で生きるようには作られてはいません。

あらゆる困難は、絆を固くしていくためにも、万物の慈悲として贈られます。

 

つみ・けがれの祓いは、祓うためにはまず正直に素直に見つめて熟慮し、自らの意思で新たなものを得るために手放す作業でもあり、自らの手で自らを生まれ変わらせる【再生の儀式】でもあります。

これらを含め、すべてのことが、【神々の慈愛の中で起こること】と認識し、決して自分だけの孤独な戦いではないことを実感し、安心や勇気をもらうことも、祭典の重要な役割となっております。

 

 

 

かんながら たまちはえませ

(すべては神の御心のままに。すべての魂が照り輝きますように。)

 

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心の泉

心の泉《宮司のコラム》 当宮や神社や神道などのことをはじめ、生命を育む暮らしと生き方への心のエッセイとして、神道の真髄を精神に探求し続け『神道の奥に息づく真心』をお伝えする宮司のコラムです。

信仰とは、産まれ生かされる美しき感謝の在り方。宗教や思想などの垣根を越えて八百万の神々という【万物】と共に在り続けた『神道』とはなにか。『神社』とはなにか。『祈り』とはなにか。古来から守り培われて来た愛を知ってみませんか?

「生かされ生きる」とはどういうことだろう —— それをほんの少しでも知るだけで、大きな安心や幸福感、日常の感謝につながります。—— 感謝の波は生きるこころの泉を満たします。