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2016-01-24

祈りを忘れず。

 

皆様、こんにちは。

なんと週末は30~40年に一度とも言われる大寒波が西日本に押し寄せるようで、数日前からすでにその余波がやって来ていますね。職場でも自宅でも暖房器具が頑張ってくれています。

どうか、決して御無理な行動はなさらず、温かくしてお過ごしくださいませ。

 

 

 

さて、今日は、祈りと願いとの話です。

 

皆様は、神社や寺院でお祈りを捧げられたり、願掛けをなさったり、あるいはどなたかを思って祈られたり、きっといくつものご経験がおありかと存じます。

 

その「祈り」と「願い」とは、実は別物であるということをご存じでしょうか?
または、それぞれの意味について、考えてみられたことはおありでしょうか?

私は、職業柄よく考えます。というよりは、感じ取っていると申し上げる方が正確かもしれません^^

 

祈りとは、私達が大いなる存在と周波数を合わせる努力をすることで、大いなる存在から私達に合わせてくださり、意識が繋がり対話し、本来の人の姿である尊い利他の心で、その高次元に相応しい事象を引き寄せるもの。

例えば、感謝を捧げたり、世界中の平和や世界中の人の幸せを祈ったり、事故や事件で被害に遭われた方々の心身が癒えるように、又亡くなられた方々のご冥福を祈ったり、地球が癒えるように祈ったり、このように無償の心・利他の心で、大いなる存在とつながり叶えようとする行為が祈りです。

 

願掛けとは、こちらの希望を汲んでいただくことで、願いに到達するための試練を乗り越え、対価としてお返しをする心構えを持ち、願いを聞き届けられるのを待つもの。

例えば、一年家族共々健康で過ごせますようにと願ったり、自分や家族、または友人の病気が癒えますようにと願ったり、希望の学校へ入れますようにと願ったり、広義での自分の欲求のためにお願いする行為が願掛けです。

そこには「対価」というものが発生し、何かを得る願いに対してはお金であったり品物であったり、健康への願いに対しては仕事であったり奉仕であったり、縁結びに対しては御縁の整理であったり誠意であったり等、

「自分自身の人生においての、A(対価としての試練)を学ぶためにA’(願い)をください。」というのが基本の在り方です。

何かを願うとき、その願いを叶えていただいたら私はこうしてお返しをする!というお気持ちがあり、尚且つその御守護に向き合うお心があれば、そのための試練と成就は用意させるということになります。

例えば、大学入試。最善の努力(守護と向き合う行為)はあった上で、何故その大学に入りたいのか、その大学で何を学び(対価としての試練の基礎)、その学びをもってどう社会や人に貢献したいのか(対価としての試練の応用)等、明確にしてからある種の覚悟を持って臨むということです。

言葉にしますと、とても厳しいもののように感じられますが、ただ目の前のことを大切に、一所懸命に取り組むこと。試練を前向きに捉えて努力すること。そうしているうちに、目的は一つ一つ成し遂げられていきます。

それに、ただ漠然とお願いするよりは、きちんと目的を持ってお願いすることで、人生に緩急と透明感が出てくると思われませんか?^^

 

真心は、必ず神に届く。

今迄たくさんの御祈願をご奉仕させていただいて、自信を持ってそう言えます。

 

ただ、願っただけで努力を放棄したり、又は神様からの贈り物が、自分の望んだものとは違ったりした時に、人は用意された機会を見送ってしまいがちです。

神様は、人を甘やかすために願いを叶えるわけではありません。

大きな親心で試練を用意し成長を見守ったり、手助けとしてたくさんの機会を与えてくださいます。

 

ですから、どのような些細に思えるものでも「宝」と感謝し大切にできる心こそが祈願を成就させるコツであり、今を大切にすることがよりよい未来を作ります。

「足るを知る」
それは、我慢をしろということではなく、よりよい自分自身を引き寄せ創造るものだと私は思います。

 

人は、最期の時、必ず「愛」と「奉仕」について反省するそうです。
そうならば、それが人の本来の姿であり、産まれてきた目的です。
「自分に何ができるか。」まずは、それがあってこそなのですよね^^

 

私個人的には、願いより祈り。

神様の御心はどこにあるのか、そこへ自分自身を寄せていくことの方がよっぽど幸せな生き方であると思っています。

何かを願う時、その願いは神様に祝福されるものであろうかと、そっと祈ってみてください。

繰り返すたび、きっと人生や「願い」の価値が変わることだと思います。

 

願うことは、決して悪いことではありません。

しかし、どのような時も、祈りを忘れずに。

 

豊かな人生のために、私はお勧めいたします^^

 

 

八幡宮


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