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2019-08-27

苦しみからの解放

こんにちは^^

境内の草達が元気に育っております^^

連日ニュースで目にする地球の肺と言われるアマゾンの大規模火災。アマゾンの草木が地上の酸素の20%を作り出しているということで、地球の環境に大変化をもたらすのではないかと懸念されておりますね。

 

境内におきましても、木々も雑草と呼ばれる草達も、私達の生命に欠かせない酸素を作ってくれている存在の一つです。

そして、生い茂る枝葉は地表の冷却化に役立ち(現に、アマゾンの森林火災は森林伐採が進む中あちこちで起こるようになったそうです)、丈夫な根は土を耕し他の植物の成長を助けたり、水害から私達を守ってくれます。

 

植物のネットワークはすでに科学でも証明されていて、地球の裏側までも情報を共有しているのです。

 

この地球環境悪化において、私達地球人類が考え直さなければならないこと。

それは、やはり、「進化」と呼ばれてきた人間主体の生活と価値観であると思います。

 

単なる人間だけの感性での便利の追求のために、ましてや景観だけのために、他の命を粗末にしてしまうことが、本当に進化であるのか。

それに、その命は、地球の生命の循環において、人間よりも遥かに役に立っているにも関わらずです。

 

草や虫、菌達の存在なくして、地球の営みは循環しません。

 

 

 

苦しみについての話題で、なぜ環境の話をしているのか疑問に思われているかもわかりませんね。

心理の観点から、環境問題と心の病とは、非常に関係が深い問題であると私は確信しているからです。

 

現代の人間主体である利己的な生活が心に及ぼすものは大きく、利己的な習慣がついてしまいますと、心の病を引き起こしやすくなることがまず一つです。

苦しみとは、自分の欲求や理想と違ったことが起きた時に生まれ、自分の欲求や理想を無理に通そうとすることで、更なる苦しみを生みます。

善かれと思い込んでしまいがちな、「正義」「常識」にしてもそうです。

特に正義や常識は、ごくごく小さなコミュニティーでの共通意識に過ぎず、10人いれば10人それぞれの考えや価値観があることを尊重しながら、歩み寄る方法をお互いに探してこそ発展に繋がるものです。

調和というものを無視して、善かれと思っていたとしても、押し通そうとすれば無理が生じます。

 

命というのは、常に万物との共同作業で運ばれています。

人間だけが孤立しているように感じるのは、生命的な孤立ではなく、精神が利己的に働いているときのみに起こる錯覚です。

地球だけではなく、宇宙、外宇宙までもが関わって緻密に運営されている中での私達人間という存在は、無理を通せば無理が祟るようになっています。

苦しみが生まれた時には、万物の運びの中で無理を生じさせている自分の意思が何かを見つめてみたり、自分自身の意見と相反するものを含めたあらゆる意見を肯定的に説けるように努力すると、物事を多次元的に見つめる余裕ができ、思い通りにいかない苦しみとは無縁になっていきます。

そして、他者の利己的な言動で傷つく必要が全くないということもわかってきます。

自分自身の手に負えないことは、万物の共同作業の中で相応しいやり方で手が差し伸べられるからです。

 

万物は、無機質な存在ではなく、利他愛しかなく、人類に対しては常に愛情深く見守り時には導く存在ですので、万物の意思を素直に受け取るだけで、人は自然と霊的成長をできるようになっています。

(神道では、万物に神(八百万の神々)が宿ることを、しっかりと伝えられていますね^^)

 

そして、もう1つに、どれだけ自らが自然物と生き方が離れてしまおうと、自らはどんなに離別したくても、万物の一部に過ぎないということです。

環境のバランスは、私達の心身のバランスに直結しており、その共感・共鳴としてもですし、自然物への排除を行えばその不調和としても、心身に支障を来たすのが自然なことです。

それでも、万物は支え合い、励まし合うことができます。

一人でしようとすれば難しくても、仲間が増えれば増えるだけ、知恵を出し合い、希望ある未来を作る力が湧きます。

どんな状況でも、次の一歩の足先が向く未来を決めるのは自分自身なのです。

人生を終えるその瞬間まで、自分の人生がどこへ向かえるのかを諦める必要はありません。

 

 

 

物事に、幸運・不運はありません。偶然もありません。

日々の事象から、胸の内に起こることをしっかり見つめて、万物を信頼し、利他の精神で心尽くしていけば、苦しみからは解放され、自分を含め命の存在の尊さがどういうものかということがわかってきます。

 

しかしながら、苦しむことや葛藤は悪いことではありません。

苦しみ葛藤しながら、少しずつ、自分が感じられる世界を増やしていく。少しずつ、悪意は利己的な感情の中にしか存在できないことを知っていく。

そして、自分の心を傷付けるのは他者ではなく、自分自身の中に傷や歪みがあり痛むからであり、その傷は本人のみ癒すことができることを知っていく。

他者というのは、自分を磨いてくれる存在であり、魂にとっては誰一人として敵ではありません。

 

自然に対しても同じことです。

 

万物に生かされ、また生かし合う中で、謙虚の意味も自分の中で育っていきます。

 

 

 

 

〜令和の御代に〜

 

 

 


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