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当宮について

八幡宮の紹介

八幡宮
当宮は、大阪市鶴見区横堤の産土神様・氏神様をお祀りする神社でございます。
氏子崇敬者の方々から「横堤八幡宮」「横堤神社」「八幡さま」と親しみを込めて呼ばれており、正式には、「八幡宮」と申します。

八幡大神様をお祀り申し上げております神社は、全国で最も多く「○○八幡宮」「○○八幡神社」など、地名を付けるとわかりやすいということがございますが、正式名でお呼びすることは、神様への敬意でもございますので、少しづつでもご存知のお方が増えられますれば、大変嬉しく存じます。

氏神様として、横堤の土地全体を御守護くださっている神様ですので、宗教問わずご参拝いただければ幸いに存じます。

御祭神(御神徳)

本殿

八幡宮

応神天皇(誉田別尊)

厄を除け運を開く・交通の安全・家内の安全

神功皇后(息長帯比売命)

縁を結ぶ・安産

比売大神(多紀理比売命・市寸島比売命・多岐津比売命)

夫婦円満・子育て

豊栄稲荷大神社

八幡宮

水分神

豊穣・食べること(生きること)を豊かにする

大地主黒竜大神社

八幡宮

土地の神

一願成就

御神木(大地主黒竜大神社)

八幡宮

土地の神

一願成就

木を撫でて御祈願ください

氏地について

八幡宮
大阪府大阪市鶴見区横堤1丁目〜5丁目が、当宮の氏地でございます。

由緒

八幡宮当宮は、南北朝時代延文5年(1360年)9月21日、現在の京都府八幡市にある男山に御鎮座されます「石清水八幡宮」より御分霊を勧請し、横堤地域の守り神としてこちらの地に御鎮座になりました。 当時は、「産須那神社」と称しました。

後に、末社「豊栄稲荷大神社」「大地主黒竜大神社」を造営。
昭和30年(西暦1995年)に「八幡宮」と改称し、現在に至ります。

沿革

年代

沿革(不明瞭な箇所は文献のまま記載しています)

延文5年(西暦1360年)9月21日石清水八幡宮より御分霊 茨田郷横堤村に氏神「産須那神社」として御鎮座
明暦2年(西暦1656年)甲9月22日八幡宮 河内国茨田郡17番横堤村 極彩色 御本殿御造営
宝暦82玄歳9月24日(西暦1758年)河州横堤村 奉遷座八幡宮氏地繁昌祈所 玉造稲荷社神職鈴鹿鞆 藤原重吉奉遷之
天明9己酉年正月吉祥日(西暦1789年)河州茨田郡横堤村 奉遷座八幡宮天照皇大神宮氏地繁昌五穀成就祈所 玉造稲荷社神職鈴鹿友之丞 藤原重数奉遷之
弘化3丙午歳4月19日甲辰日(西暦1846年)奉祈祷天下泰平五穀豊饒火災除村方安全御神楽之霊 神奈泰神奈貴友田越企 藤原輝謹言
幕末から明治初期地車制作
明治5年(西暦1872)茨田郡横堤村 村社に列す
大正3年(西暦1914年)10月茨田郡諸堤村大字横堤字宮地 神饌幣帛料供進社に指定 境内は171坪 本殿拝殿社務所を存す 氏地は本地一円 春季例祭は3月3日 秋季例祭は10月22日
和28年〜29年(年代不明)末社「豊栄稲荷大神社」造営
昭和29年(西暦1954年)10月22日氏子中より地車(だんじり)御霊代新改納付之
昭和30年(西暦1955年)5月8日「八幡宮」と改称
昭和48年(西暦1973年)10月吉日御本殿極彩色塗替修理並幣殿拝殿改築完成
平成7年(西暦1995年)9月吉日地車保存会結成
平成8年(西暦1996年)10月阪神大震災により破損の本殿拝殿内壁修復 内陣改修 御神体カプセル庫作成奉納
平成12年(西暦2000年)10月地車保存会並びに氏子崇敬者の協賛に依り八幡宮地車大修理完成
平成6年〜平成17年(年代不明)末社「大地主黒竜大神社」造営

神事のご説明

八幡宮
◎当宮の神事、祭典、行事などのご説明を、随時掲載しております。